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第1章 永遠の喪失~プロローグ:流星雨

第1章 永遠の喪失

プロローグ:流星雨

丸い舞台を半円形で囲む七つの柱へ順々に火が灯っていく。 闇を帯びていく空を背景に浮び上がる青い魔法の光源。 そして一拍遅く舞台中央の魔法陣がかすかに光り始めた。 観客達の間で低い感嘆のどよめきが波のように起きてはおさまった。 照明はまだ薄暗く、その声々に合わせて、舞台中央に立った俳優は低い声でつぶやき始めた。 徐々に俳優の独白は力を得て、やがて強烈な叫びになった。 彼とともに俳優の足元で舞台を飾っている魔法陣が一気に光を吹きだす。
両親の間に挟まって、行儀良く座っていた幼い少女は肩をすぼめて周囲を見回した。 少女には舞台でくり広げられる歌劇より、客席であるすべてのエルフらが感心のため息をついて、涙をぬぐい取る姿の方が興が深かった。 寿命が長く、精神的成長が早いエルフといえど、少女は演劇の中で煩わしく絡まる関係や権力の流れを理解するにはまだ幼かった。 長い独白を詠じている俳優がエルフらの文化や芸術を主導する人物であり、全大陸に知られる程偉大な俳優であり劇作家で、後日エルフの歴史に記録されるだろうという事実も少女には何の意味がなかった。
目じりにたまった涙をぬぐい取っている両親をかわるがわる眺めていた少女はなにげなく空を上げてみた。 いつのまにか闇は空を埋め尽くし、覆っていた夕焼けを全てその厚い裾に隠してしまった。 西の空の果てだけがかろうじて薄い光を残しているだけだった。 その時、長い尾を残しながら、光の幹が一つ夜空を切り裂いた。
ぼうぜんと空を見ていた少女が急に息を詰まらせた。 驚いた少女の母が心配に充ちた声でささやいた。

“どうしたのリマ? どこか具合が悪いの?”

リマは首を横に振りながら空を示した。 客席を全て埋めたエルフ達の視線が乱れ始めた。 観客達は既に舞台を見ていなかった。 俳優達も演技を忘れて夜空を眺めていた。
夜空はもう暗くなかった。 数十,数百,数千,推し量ることができない程数多くの光が闇を裂きながら、大地に向かってあふれ落ちてきた。 誰かがつぶやいた。

“…流星雨か?”

リマは勢いよく首を横に振った。 流星雨ではない。 あれは非常に大切な方の砕けた肉体、最も偉大な方の散ってしまった意志だ。 幼いリマとしては魂の向こうで見てしまったこの真実をどのように周囲の人々に表現したら良いか分からなかった。
お母さんが微笑を浮かべながらリマの耳にささやいた。

“本当に美しいわね。 そうでしょう?”

しかし少女の小さい肩は震えていた。
母も、父も、周囲のどの人も全く知らずにいる。 暗い森で、陰気なドロ沼で、人気のない海岸で身体を起こす奇怪な生命体達。 殺気に満ちた怪物らの目。 一度も見たことないあの遠い地方の平野、その上にごちゃごちゃに散らばっている数多くの死体の山。死んでいく男、号泣する女、家族を失ってさ迷う子供。 悲鳴、血、折れた剣、ひしゃげた鎧…リマの頭の中で混乱と闇の苦しい映像が絶えず流れて入ってきた。 目を閉じても目の前に現れる映像を遮ることはできなかった。 青ざめたまま、リマは母にもたれかかり泣きわめいてしまった。
その日は世界を創造した主神、全ての者の父・オンがその意志と魂を全て失って消滅した日だった。 そして後日エルフ王国ヴィラ・マレアの大神官で女王になるリマ・トゥルシルが初めて自身の能力を自覚した日だった。
by hiiragi_rohan | 2007-04-11 19:08 | R.O.H.A.N小説


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